GRAPEVINE=直訳は「葡萄のつる」“秘密通信”とか“デマ”や“噂”という意味も。日々好き勝手に書いています


GRAPEVINE

2004.12〜


 

    2005年 10月8日

    だいぶ間がたってしまったけれど、タイヤ交換ネタをもう一つ思い出した。
    5年ほど前のことかな? まだ吉祥寺に車で通っていた頃の話し。
    あの頃は毎日のように仕事後、途中で寄り道して飲んで帰ってきていたんだけど、その夜(朝?)もいつものように途中下車。
    今もそうだけど、仕事が終わって飲んでると、疲れからかちょっと気を抜くとすぐ寝てしまう。あの日もそんな調子ですぐ寝てしまった。
    パッと目が覚め時計を見るともう明け方の5時。
    「おぉ、まずいまずい。早よ帰らねば」
    と、表に出てみると、音もなく降っていた雨は、それもそのはず雪に変わっていた。
    ウッすら白くなりかけてる道路を見て、冗談じゃない急いで帰らねば、と路駐していた車に足早に近づく。
    と、なにやら、車の座りが悪い。
    よく見ると前のタイヤがパンクしている。
    「ウッソ〜!」
    と、一瞬のうちに酔いも覚め頭の中が真っ白ケッケになりました。
    またも、天を見上げ涙を滲ませたんですがね。笑

    それでも懸命にピュ〜と頭の中を検索。すぐ先のT字路を左に曲がった300m位先に24時間営業のガソリンスタンドがあることを思い出す。
    「すぐ近くだし、このまま行っちまうか」
    と悪魔が囁くが、横着してパンクした車を走らせ車体まで傷つけてしまうと高くついてしまうことになるかも、と貧乏性が寸でのところで思いとどまらせる。

    雪が降ってることもあり、迷ってる場合じゃない自力でタイヤ交換するしかないと覚悟を決めて動き出す。
    「どうやって?」
    考える間もなく、パキパキ身体が動き出す。
    「工具とかどこにあるの?」
    悩む間もなく、無駄の動き一つなく自然に流れるように作業が進む。
    自分でも驚くくらい「あっ!」という間に完了。
    「どんなもんだい!」
    と自慢したくなるも、誰も見ていない。

    しまった!誰も見ていない。誰にも褒めてもらえない。
    「くぅ〜、今飲んでたところに戻って自慢しようか」
    あるいは、人を呼んで来てもう一度やり直してオレの作業の素晴らしさを見せビラかそうか?
    とか、なんかスゴい悔しくて損した気分。

    小雪ちらつくその場に立ち尽くしていてもしょうがないので、
    「助手席に女の子でも乗っていたら、その娘はオレのあまりの男前振りな動きに感動して絶対オレに惚れるな」
    とか己を納得させて、いつの日かあるやも知れぬそんな絵図を想像しながら、
    ♪雨は夜更けすぎに〜♪
    とか鼻歌うたいながら帰りの途につきましたよ。

    乗用車のタイヤ交換なんてちょろいもんだっていう話しです。
    まっ、若い頃の苦労は買ってでもしろ、ちゅうことですな。

     

    2005年8月9日

    ここんとこ新聞等にあの暑かった夏の日の出来事を再検証するような記事が増えていますね。
    日航機墜落事故。

    あの日のことはよく覚えています。
    その日、当時ダンプの運転手をしていた私は八王子の山奥の現場で汗まみれになりながらパンクしたタイヤの交換をしていました。

    ご存知かと思いますが、ダンプの後輪はダブルタイヤになっています。
    デカいタイヤが二つ並んでくっついています。
    そんな重いタイヤの交換なんてそれだけど相当うっとうしい作業です。
    でも、外側がパンクすればまだラッキー。
    生きている内側のタイヤを道路に置いた角材の上にでも 乗りあげさせて外側タイヤを浮かせちまえばジャッキも使わず、思いのほか簡単に脱着交換が出来ます。

    しかし、運悪く内側のタイヤがパンクした日にゃ最悪です。
    乗用車用とは大違いの重いジャッキを使い、これまた乗用車とは比較にならない重たい車体を上げて、生きてる外側タイヤを含め二輪とも外さにゃならないハメになります。
    つまり、パンクした内側のタイヤ一つを交換するために、なんの問題もない外側のタイヤまで外さなければいけないのです。
    なんか理不尽なものを感じやる気も減退。

    外側タイヤパンクならタイヤ一つの交換。これだと問題の解消がシンプルで納得。
    内側タイヤパンクは、重くてデカいタイヤをつごう四つの脱着交換。
    こちらは、問題無しタイヤを外すという筋違いな展開に肉体的疲労に精神的苦痛までも伴いとても不愉快。

    もちろん、ダンプのスペアタイヤは、現在の乗用車のように緊急用としてコンパクトに出来てるなんてこたぁありません。
    しっかり重いスペアタイヤを車体から脱着するのだって相当難儀。

    そしてなんといっても、な・ん・と・いっても最大のネックはそのタイヤを締め上げて固定しているナット。
    これがもう、固くて固くて、重くて固くて・・・・・とにかく固い。
    途中何度も往生してしまい、
    「この世に神はいないのか」と涙を滲ませ天を仰いでしまうほどでした。

    あの暑かった夏の日、私は奥深い多摩の山奥でそんな運悪い日を迎えていました。
    「これをやって今日の仕事が終わりゃ明日からはお盆休みだぁ」
    って半べそかきながら汗にまみれていたのをよく覚えています。

    そんな日の出来事でした。その日の夕刻に事故を知り、
    「この世に神はいないのか」はオレんとこの話しじゃなかったんだと、
    あんなちっぽけな不運程度に翻弄された甘えん坊思考を恥ずかしく思ったことをよく覚えています。

    もうあれから20年。
    当然のことながら、 お盆休みに入った翌日からなにをしたか、なんてこたぁひとっつも覚えていません。

     


    2005年3月7日

    ちょっと前のニュースだけど、森前首相が日本体育協会の新会長に内定したらしい。
    http://www.asahi.com/sports/spo/TKY200503010325.html

    日本体育協会が何をするところなのか知らないけれど、つい先月、彼のスポーツの場での放言に仰け反ったばかりなのでちと驚き、というかかなり寂しい気持ち。
    強化に金のかかるスポーツ。政治力がないと金も集められない。
    わかるよ。わかるけどよ〜

    2月13日、ラグビーのマイクロソフト杯前夜祭の乾杯に立った彼は、2011年W杯誘致(彼は誘致委員会会長)と代表の欧州遠征の惨敗について、
     「今、代表にいる選手が2011年に戦うわけじゃない。私は今の高校生に期待します」
    と発言。
    元木や大畑、箕内ら、出席していた代表選手達を凍りつかせたらしい。

    これを読んで、ラグビー日本代表の不甲斐なさを真剣に嘆いた森前首相の愛情溢れる叱咤激励ととらえる人は相当ナイーブ。

    確かに、日本ラグビーは世界の舞台でかなりの迷走振りを見せているけど、根はかなり深く複雑なものと思われる。
    NECに所属する南ア代表のヤコ選手が、インタビューで答えていたが、日本のラグビー、トップリーグや個々の選手のレベルは世界基準で見てもそう悲観するものではないらしい。“代表は除く”ではあるらしいけど。
    とにかく、現場レベルでもその根の複雑な絡まり具合に困り果てているような感があるけれど、今はトップリーグを立ち上げ、サッカーに続けと、頑張っているところ。

    森前首相って、放言癖があるように記憶しているけど、過去にもすっとぼけたこと言ってるよね?
    だいたい上記の件も、自らの成功体験を、他の分野でも有効と考える年寄りのトンチンカンな言い草のなにものでもない。

    とか思っていたら、今朝のテレビでも(録画映像だと思うけど)彼が”ライブドア対フジ”の問題について、
     「(ライブドア側の)金があればなんでもできるという考えは、
       今の日本教育が育んだ間違った考えだ」
    とかいうようなこと宣っていた。

    おいおい〜、それはよ〜、お前ら政治家が身を以て日本国民に教えてくれたことじゃないのかよ〜

    強化に金のかかるスポーツ。政治力がないと金も集められない。
    わかるよ。わかるけどよ〜

     


    2005年2月16日

    アルゼンチンのバティストゥータが今どこの国のクラブチームでプレーしてるか知ってますか? 
    カタールなのね。中東の。
    そのニュースを最初知ったときは、力の落ちたプレーヤーの、ちょっとレベルの落ちるところでの老後へ向けての小遣い稼ぎっていう図式を描いて、“バティ、もう十分稼いだろうに。セコいなぁ”って思った。
    でも、どうやら事情はちと違うらしい。噂の域はでない話しらしいが。

    ことの始まりは、まずは2003年1月、UAEでの自国のスタープレイヤー、アル・タルヤニの引退記念試合として行われた世界選抜対ユベントス戦に、世界選抜の一員としてバティが参加したところから。
    その時、かの地に遠征したバティは、オフの合間にUAEの富豪からポロに誘われたらしい。
    ポロとは、あの馬に乗ってスティックを手にボールのようなものを追うスポーツ。
    例の某ブランドのマークでお馴染みのやつね。(どんなスポーツだかよくわからんが)なんでもアラブの国々では、王族をはじめとした有力者たちが、オイルマネーにものをいわせて作った緑豊かなグランド(その大きさサッカー場6面の広大さ)でポロを嗜んでるらしい。
    そこでポロをしないか?という誘いはバティにとってはひどく魅力的だったらしく、彼はその誘いを快諾したらしい。

    なんでも、バティの父は元々ポロの選手だったらしく、その影響で彼もサッカーボールを蹴り始めると同時に馬に跨がりポロのボールを追いかけてもいたらしい。
    サッカーシーズンと重ならなければ、ポロのアルゼンチン・オープンに出たいとさえ語っていたという。

    そんなバティが久々のポロを満喫。しかも、そのプレーぶりには観衆も舌を巻き、地元の新聞は“バティはポロプレイヤーになれる”と大絶賛だったらしい。

    そして、半年後の2003年7月、バティはインテルからカタールのアル・アラビに移籍した。
    カタールの隣国はUAEだ。
    あくまで噂らしいが、バティはあの試合、あのポロの試合が忘れられなかった。らしい。

    今では、バティは、時間が許すと砂漠の中に突然現れる素晴らしいフィールドで石油王と
    ポロに興じている。らしい。

     


    2005年2月11日

    Discで取り上げていた(http://www.famegang.com/discbn.html)、'75発表、フィリーの名盤The Modulations『 It's Rough Out Here 』がCDで再発された。
    このレア盤は'92にもCD化され、P-VINEから日本盤でもリリースされたことがある。
    もう、その時は嬉しくて嬉しくて、一も二もなく速攻で買ったものだ。
    しか〜し、聴いてがっかり、とても残念なことに音質が最悪だった。

    黎明期の再発CDはみんなそんな感じだったと思うけど、音が妙にクリア、高音重視で中域がスカスカ、やたらシャカシャカした感じで、小石を一掴み中空にバラまいたような、音の粒がとっちらかった落ち着きのない音だった。

    しかし、私は別にオーディオマニアではないので、あまり音質にはこだわらないほう。
    だけども、聴きたい音源には執拗に執着する。
    ので、そんな黎明期のチープな音質だろうがなんだろうが、そりゃ聴けるだけでありがたい、再発され普通に入手でき、普通に聴けることが一番とたいがいのものは感謝感激で聴いていたものだ。

    でも、その'92時のThe Modulations『 It's Rough Out Here 』のCDはちょっと、ヒドすぎた。
    特に、レコードでいうB面の2曲目「I Can't Fight Your Love」この曲を、その再発CDで初めて聴いた人は絶対好きにならないだろうと思ったほど、ヒドいバランスだった。
    フィリーの良さである流麗なストリングスの音がまったく奥に閉じ込められ、シャカシャカうるさいギターのカッティングが妙に強調されたイントロ。
    原盤のレコードでは、ストリングス、ホーン、リズム隊が三位一体となってまさにフィリーでしかあり得ないグルーブを生み出しているのに。
    この曲はアルバム中では、そんなに重要な位置をしめる曲ではないけれど、イントロだけは、フィラデルフィア・サウンドのエッセンスを抽出した、まことにカッコいい部位。

    それだけに、'92時の再発CDは、リリースされたのは嬉しい、けど、あんなみすぼらしい音で哀しい、好きだから聴くけど、聴けば面影が偲ばれてなお辛い、聴かなくても手にするジャケから、耳に残るその落差に意気消沈という、その存在に嬉し悲しな妙な代物だった。

    さてさて、そうなれば今回の再発はその問題点を改善されてのリリースなのかが、とっても興味深いところ。

    さっそく試聴してみました。して、その答えは・・・・・・・・・・
    嬉しい、とっても嬉しい!! 
    原盤のレコードの音を忠実に再現し、その上クリア。
    もうなんの文句もない!
    アナログ盤のようにレコード針で骨身を削られることなく、デジタル音源でフィリー・マジックを生涯満喫できるなんて・・・・・・・・・・
    と、繰り返し、その曲を聴き返すうちに、

    ????????????

    なんと、新たな問題が。

    なんとなんと、ボーカル・パートのテイクが違うじゃない! 妙に微妙に。

    原盤レコード、'92版CD、今回CDの三つを交互に聴き比べてみる。
    オレ、ホントはこういう重箱の隅的なの嫌いなのよ、めんどくさがり屋だから。
    しかし、気がついてしまったのだから、仕方なく繰り返し聴き直す。

    結果、原盤レコードと今回の再発CDが同じ音源で、'92時CDだけが違うテイクみたい。(疲れる)

    どういうこと?
    '92時の音源はどっから来たの?
    誰が教えて。

    The Modulations  『 It's Rough Out Here 』


    2005年1月27日

    25日に映画界最大のお祭り、アカデミー賞の各賞候補が発表された。
    日頃、“私ハリウッドの味方です” を広く公言している身としては、毎年それなりに関心を寄せていたけれど、今年はまったくの興味なし状態。

    ワタシはとってもワガママ自分勝手な性格なもんで、先方がこちらをまったく相手にしてくれないのなら、報復として(笑)こちらも相手をまったく無視するというまるで幼稚園児のような体質なんです。
    つまり、今は昼も夜もお店に出ているので、映画に行く時間がない。
    どうせ観られないのなら、映画に関する全ての情報を遮断してしまおう、と。
    そしてそれを実行しているので、ノミネート作全てなんにも知らない。
    “なんで「デイ・アフター・トゥモロー」(昨年観た数少ない映画の一つ)はノミネートされないの?”
    なんていう冗談のような発想が浮かんでしまう、その程度の関心度。

    マーティン・スコセッシ監督作品「アビエイター」が最多の11部門にノミネートされてるのを見て、“マジ?”ってちと驚いた。
    もちろん作品を観てないので、なんやかんや言える立場でないのだけれど、数年前にディカプリオ主演で大当たりを取った「ギャング・オブ・ニューヨーク」の出来映えがあまりにヒドかったので、“スコセッシはもう映画撮るべからず!”なんて過激に思ったことがあったから。
    「ギャング・〜」は、さすが老練監督、大作をウマくまとめあげてるし、ビバ・ハリウッドなオレとしては文句を言うべき筋の作品ではないのかもしれない。
    それにいかな大家といえども、多少は作品の出来不出来があるのも仕方ないもの。

    しかし、あの映画に感じた不満は出来不出来レベルのことではなかった。
    一言で言ってしまうと、才能の枯渇ということを感じてしまったのだ。

    才能の輝きを磨く修練は必須ということが前提な話しですが。
    一部例外もあるが、一般的にプロフェショナルの世界において、経験の蓄積、年輪の積み重ねにより、熟練の技が冴えるとか、より深い味わいが醸し出される、レベルは向上し続けるなんてことはありえないと思う。
    一番わかりやすい世界で言えば、スポーツなんてそうでしょう?
    運動能力が低下すれば、いかな経験値が上でもパフォーマンスは落ちるもの。
    料理の世界もそう。いかに熟練度が増しても、加齢による感性のブレは必ずや作られるものに反映されるもの。
    もちろん、それらを埋め合わせる知識や知恵は向上しているわけなんだけれども、甘くないプロのしかもトップレベルの世界の話しでは、キャリアのピーク、つまり才能が輝く瞬間というのは、経験値、熟練度、知識知恵とかいうものを越えてもっとダイナミックな感性の爆発だったりするんじゃないのかと思うのだ。

    コッポラ監督作品の「レイン・メーカー」(今のところ最後の監督作品)を観た時にも感じたこと。
    彼らは過去に素晴らしい作品を多数作り続けて来て、その才能のほどは誰もがおおいに認めるところ。
    それプラス経験値、熟練度はこれ以上はないと言ってもいいほどの手練者だと言えるだろう。

    それだけに、「ギャング・オブ・ニューヨーク」「レイン・メーカー」などの凡庸な出来の作品を観せられてしまうと、映画作りのテクニック、ノウハウを駆使し大作をまとめあげただけの手練のやっつけ仕事という感が拭えない。
    そのキレの無さは、そんな魔法の杖を手にしてしまったがゆえに、無難にまとめあげることしかできなくなってしまい、それが彼らの才能を急速に枯れさせてしまったことを哀しいくらい作品上に表してると言える。

    しかし実はそんな才能枯渇云々より話しは簡単なのかもしれない。
    ただ単に彼らはトシをとってしまっただけなのだ。
    加齢=才能は枯れる、とは思わない。年老いてさらにスゴみを増すような傑物だっているだろうし、感性は年齢とは関係ないところで爆発するものだ。

    しかし、スコセッシはもう絞り出し尽くしてしまったようだ。
    スコセッシ監督作品は、好き好き大好きってほどではないけど、映画館でかかれば必ず観に行くくらいは愛好していた。
    だが、言い切ってしまおう。残念ながら彼はもう終わった。これからは監督はしないで、コッポラのように割り切って製作にまわるべきだ。

    それだけに今回のノミネート作品「アビエイター」も期待できないと断言してしまおう。
    そして断言しちゃったからには、きっちり責任とって観に行きます。


    2005年1月9日

    皆さん、年末年始はいかがお過ごしでしたでしょうか?
    といっても、もうかなりアウト・オブ・デイトな話題ですな。
    やや遅い報告となりましたが、わたくしは、長兄が大出世を果たした恩恵をたっぷり受けてこの大晦日と元旦にスーパーなワインばかりを飲みましたので、それをここで公開させて頂きます。
    はっきり言っときますが、すべてゴチです。普段、ワインは自分で買って飲まないといけない。と吹聴していますが、やはりその言葉は正しく、 あんまり記憶に残っていない、と言うのが正直なところです。
    まぁ、ここを見ているワインマニアは約2名ほどなのと、今申しましたように飲んだ記憶もおぼろなので各ワインへのコメントはしません。
    知りたい方は直接ワタシまで聞きに来てください。

    12月31日

    Puligny-Montrachet Les Folatieres '97 Dom d'Auvernay (白)
    La Grande Rue '99 Dom Lamarche
    Bonnes-Mares '99 Dom Drouhin Laroze
    Corton '00 Dom Nicolas Potel
    Chambolle-Musigny 1er Cru (畑名は失念)'99 Dom Vincent Girardin
    Gevrey-Chambertin 'oo Duja
    c

    この後飲んだのは記憶外。
    この他にも、なにか重要なワインを飲んだような・・・・・

    1月1日

    Krug Brut '90 (泡)
    JACQUES SELOSSE N.V
     EXTRA BRUT Grand Cru Blanc de Blanc  (泡)
    Vosne-Romanee '88 Dom Lou Dumaut
    Domaine Drouhin Oregon Pinot Noir '95
    Fixin '00 Dom Mongeard-Mugneret
    Bourgogne La Chapelle Notre Dame '02 Dom Cachat-Ocquidant et Fils

    その後は不明。意識が。
    これ以外にもトテツもないワインを飲んだ気が・・・・・

    両日ともにチェイサー代わりに一番絞りを飲みながらでした。
    これだけゴチになりながら、持参したのはキリン一番絞り500ml缶五缶だけです。

    遅くなりました、皆さん今年もよろしくお願いします。


    2004年12月8日

    黛ジュンの「天使の誘惑」といえば昭和43年の日本レコード大賞に輝く、昭和歌謡が生んだ3大名曲の一つ。

    なんでも当時500万枚も売れたらしい。(ホント?)
    500万枚はちょっと信じ難い話しとしても、その頃、レコード大賞受賞曲といえば日本中の誰もがみんな知っていた。
    それこそ小学生から、おじいちゃんおばあちゃんまで、国民全員が口ずさめるほどのポピュラリティーがあった。

    翻って、最近の日本レコード大賞に関する私的なお話。
    昨年の受賞者、浜崎あゆみってなんと3年連続して大賞を受賞してるみたいなんだけれど、それらの曲を、オレは一曲も知らない。
    毎年大晦日に受賞の番組か、あるいは紅白歌合戦(出場してる?)で目にし耳にし、
    “おぉっ!まったく知らない!初めて聞いた!”
    なんて感動してるありさま。情けない、オレ。

    今から約20年前、当時25歳前後だったサラリーマンの長兄が、「北ウイング」が大ヒット中で人気が爆発していた中森明菜のことを、まったく知らなかったのに驚いて、
    “オレは、そんなズレた大人には絶対なるまい”
    と強く思ったことをよく覚えている。
    この先どんな平々凡々な、あるいは波瀾万丈な人生を歩もうとも、そんな大人にだけはなるまい、いや、なるなんてありえない、ってさも当然のように考えていたけれど、今すでにまったくの“20代兄状態”。
    マジで、こんな日がくるなんて、当時露とも思わなかった。

    それにしても「天使の誘惑」は名曲。
    なんたって、いまや直木賞作家のなかにし礼による歌詞が素敵。

    ♪好っきぃなのに〜あの人は〜いない〜話し相手は 涙だけなの〜♪
    ♪わ、た、しの唇に〜ひっとさし〜指で〜くちづけして あきらめた人〜♪

    もちろんフェイム・ギャングで聴けます。


    2004年12月1日

    昨日、スパゲティの具材として初めて長葱を使ってみた。
    もう一つの具材、合わせる相方として真っ先に頭に浮かんだのは、これまた今まで使ったことのなかったエノキ。
    この二つをペペロンチーノで仕上げようと考えた。

    スパゲティを茹でだして、茹で上がる約5分くらい前にソース作りスタート。
    料理人の中には、スパゲティを茹でだす前にソース作りを始める人もいるけど、オレ流は、あくまでぎりぎりまで我慢。全てジャストに決めたい。
    それだけに、ソース作りスタート時間は具材によって微妙に異なるのだよ。

    まずフライパンにオリーブオイル、ニンニクのみじん切り、鷹の爪を入れ中火でゆっくり加熱していく。ちょいプチプチきたら長葱とエノキを投入。
    野菜類をスパゲティに使う場合、特に青物野菜等は時間を見計らってスパゲティを茹でてる湯の中に一緒に入れてしまうけど、長葱は茄子同様、油を絡ませて火入れしていきたいから、フライパンで炒めていく。
    ややしんなりしてきたら、ブイヨンを少々入れてこれ以上ニンニクに火が入るのを押さえる。もちろん、長葱にブイヨンの味をしみ込ませる意味も。←美味しそう!
    スパゲティが茹で上がる一分前に塩コショウして味を決め、火を消してフライパンの温度を下げておく。
    茹で上がる直前に麺の様子を見て、フライパンの火を再点火。火は強すぎず弱すぎず。
    茹で上がったパスタとソースを絡めて、火を止めヴァージンオイルを少々入れ(あくまで少々、入れ過ぎないように)更に絡めて出来上がり。

    食べたら、ウマいことウマいこと、あまりに美味しくて腰抜かしたよ。
    で、嬉しくなって今日のランチメニューに投入したら、なんと注文はゼロでした。笑
    みんなやはりトマトソース系が好きなのね。

    でも、テメエで作ったパスタ、“あまりに美味しい”なんてズウズウしいにもほどがある?
    まぁ、“空腹は最高のソース”と言うじゃないすかぁ、
    とってもハラが空いていたということで了簡してください。笑




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